【Story of Art.9】86歳の靴職人が縫い続ける、プラナカンの記憶

書と絵画に親しんだ幼少期、女優としてスクリーンに立ち、アナウンサーとして言葉を届けた日々——
Tsuyumi Miwa(三輪つゆ美)さんの人生には、つねに芸術が寄り添ってきました。

日本、イタリア、オーストラリア、そして現在、拠点とするシンガポール。多様な文化に触れてきた彼女が今、アーティストとして再び絵筆をとり、色彩と光の対話を通して描くのは、個人の記憶と”シンガポール”という多文化・他民族が共生する土地の記憶が交差する情景。

「Voyage」での本連載「Story of Art」では、まず、三輪つゆ美さんが近年発表した「Singapore Cultural Series」において、シンガポールの多文化社会を支える無数の”日常のヒーロー”たちにフォーカス! 

彼女が歩んできた芸術の軌跡と、作品に込められた想いを、ひとつずつ紐解いていきましょう。

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【Story of Art.9】86歳の靴職人が縫い続ける、プラナカンの記憶

“Peranakan Beaded Shoe (Kasut Manek) Maker”

“Every stitch, every bead, every thread tells a story – of culture, craftsmanship, and the enduring beauty of Peranakan heritage.”
一針一針、ひと粒ひと粒のビーズ、一本一本の糸が、文化と手仕事、
そして時代を越えて受け継がれてきたプラナカンの美しさを物語っています。

人通りの少ないゴールデンマイルタワーの一室。
作業台に向かい、布に小さなビーズを縫い留めているのは、Soong Kwek Choong (スーン・クエック・チュン)氏です。
86歳になる彼は、現在シンガポールで数少ない、伝統的な靴作りを続ける職人のひとりです。

13歳のとき、生活のために父親から靴作りを学び、それ以来70年以上、この仕事に向き合ってきました。
今もすべての工程を手作業で行い、一足の完成までには約二日を要するとか。
縫い目はどれも正確で、長年の経験に裏打ちされた確かな手つきが感じられます。

「誰にでもできる仕事ではありません」そう語る声は穏やかです。
「目がまだよく見えて、手も震えていないので、続けたいと思っています。今も働けることがうれしいのです」

彼が手がけるのは、Kasut Manik(カスッ・マニック)と呼ばれるプラナカンの伝統的なビーズ刺繍靴。

プラナカン文化は、15〜17世紀にかけて東南アジアで形成された、中国系とマレー系の文化が融合したもの。
鮮やかな色使いと緻密な装飾は、現在もシンガポールの文化を語る上で欠かせない存在です。

キャンバスや革の上に、花や鳥、幾何学模様がビーズで描かれ、靴全体が小さなモザイクのように仕上がります。
制作は、ピダンガンと呼ばれる木枠に布を張る工程から始まり、布を均一に張り、模様が崩れないよう注意しながら、
ひと針ずつ丁寧に縫い進めていきます。

かつては、プラナカン女性(Nyonyas:ニョニャ)たちが、一足を完成させるために数か月を費やすこともありました。
その忍耐と技術は、世代を越えて受け継がれてきた大切な文化の一部です。

大量生産が当たり前となった現代において、このような手仕事は失われつつあります。
それでもスーン氏の靴には、過去から現在へと続く時間と記憶が静かに縫い込まれ、
一足一足が、単なる履物を超えた存在として、プラナカン文化の歴史を語り続けています。

プラナカン文化をより深く知りたい方は、プラナカン博物館を訪れてみるのもよいでしょう。
展示を通して、歴史や工芸、そして多文化社会としてのシンガポールの成り立ちを、立体的に知ることができます。

静かな工房で続く手仕事。
その一針一針が、今も確かに、文化の記憶を未来へとつないでいます。

次回は、また別の”日常のヒーロー”が登場!
その一筆一筆の向こうに広がるシンガポールの多様な文化の物語を、どうぞお楽しみに。

🌕お知らせ
こちらの連載は、”毎月の満月の日”に更新されます。
次回の連載は、2026年3月3日(火)を予定しています。

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Written By

幼い頃から絵画と書道に親しみ、 10代で女優を経験。
多摩美術大学を卒業後、イタリア留学やアナウンサー業などを経て、12年前にシンガポールへ。

72ヶ国を旅してきた人生は、無限に広がる物語。
まだまだ面白いことが待っている気がして止まない。

国際結婚10年目、地球にやさしい生活を心がけながら、シンガポールを拠点に、その土地の風景や人々、旅の途中で出会った一瞬の美しさや感動を描くことで、世界に小さな魔法を散りばめていけるようなアーティスト活動を継続中。

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