書と絵画に親しんだ幼少期、女優としてスクリーンに立ち、アナウンサーとして言葉を届けた日々——
Tsuyumi Miwa(三輪つゆ美)さんの人生には、つねに芸術が寄り添ってきました。
日本、イタリア、オーストラリア、そして現在、拠点とするシンガポール。多様な文化に触れてきた彼女が今、アーティストとして再び絵筆をとり、色彩と光の対話を通して描くのは、個人の記憶と”シンガポール”という多文化・他民族が共生する土地の記憶が交差する情景。
「Voyage」での本連載「Story of Art」では、まず、三輪つゆ美さんが近年発表した「Singapore Cultural Series」において、シンガポールの多文化社会を支える無数の”日常のヒーロー”たちにフォーカス!
彼女が歩んできた芸術の軌跡と、作品に込められた想いを、ひとつずつ紐解いていきましょう。
1.「Kopitiam」— コーヒーの香りに宿る記憶と継承の美学

シンガポールの街角に数多く佇む「”Kopitiam(コピティアム)”。」単なるコーヒーショップではなく、人々の暮らしと歴史が交錯する、まさに文化の心臓部といえる存在です。その空間に漂う”コピ(ローカルコーヒー)”の香りには、世代を超えて語り継がれる物語が染み込んでいます。
シンガポールにある多数の「Kopitiam(コピティアム)」のなかでも「Tong Ah Eating House(トンア・イーティング・ハウス)」は、まさにその象徴と言える存在。
1939年、テック・リム通りとキオンサイク通りの交差点に建つ、特徴的な4階建てのカーブした建物で創業。以来、80年以上にわたり、家族経営でシンガポールの庶民の味を提供してきました。
現在はその建物からは移転しましたが、通り沿いの同じ場所で営業を続け、名物オーナーのタン・チュー・フーさん、通称「Ah Wee(アー・ウィー)」が変わらず店を切り盛りし、サクサクのカヤトーストと、シンガポールで一番美味しいと評されるコピを出し続けています。
Ah Wee氏は、コピの芸術家。コンデンスミルクと砂糖、そして独自の焙煎豆を用い、絶妙なバランスで仕上げられる一杯は、熟練の技と長年の勘に支えられています。彼の手元で繰り広げられる、金属ポットと布フィルターを使った「Mid-pour(ミッド・ポー)」の所作には、まるで舞踏のような静かな美しさがあります。
私の絵は、まさにその瞬間を捉えたもの。蒸気の立ちのぼるケトル、使い込まれた道具たち、そしてAh Wee氏の集中した横顔。それは、途切れることのない朝の風景であり、時を超えて続く手仕事の継承でもあります。
コピティアムは文化の拠点であり、人々が集う場所。立ちのぼるコーヒーの香りに、何世代にもわたる会話と記憶が重なります。
Tsuyumi Miwa
日本で書道と絵を学び、俳優やアナウンサーとしてのキャリアも経験しながら、シンガポールで再び絵筆を手にした、つゆ美さん。トロピカルな気候に合うアクリルを使い、写真のような写実ではなく、色彩と光を通じて“感情”を描くことを大切にしているそうです。
記念すべき第1回目の連載でご紹介したコピティアムはその象徴であり、Ah Wee氏の姿はその縮図のよう。つゆ美さんの絵を通して、この街の歴史や温もり、そして受け継がれる手仕事の美しさを感じてみませんか?
こちらの連載は、”毎月の満月の日”に更新されます。
次回の連載は、2025年7月11日(金)を予定しています。お楽しみに。
