【Story of Art .2】「Say Tian Hng」で出会った、道教像の守り人たち

書と絵画に親しんだ幼少期、女優としてスクリーンに立ち、アナウンサーとして言葉を届けた日々——
Tsuyumi Miwa(三輪つゆ美)さんの人生には、つねに芸術が寄り添ってきました。

日本、イタリア、オーストラリア、そして現在、拠点とするシンガポール。多様な文化に触れてきた彼女が今、アーティストとして再び絵筆をとり、色彩と光の対話を通して描くのは、個人の記憶と”シンガポール”という多文化・他民族が共生する土地の記憶が交差する情景。

「Voyage」での本連載「Story of Art」では、まず、三輪つゆ美さんが近年発表した「Singapore Cultural Series」において、シンガポールの多文化社会を支える無数の”日常のヒーロー”たちにフォーカス! 

彼女が歩んできた芸術の軌跡と、作品に込められた想いを、ひとつずつ紐解いていきましょう。

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【Story of Art .2】「Say Tian Hng」で出会った、道教像の守り人たち

「Say Tian Hng Buddha Shop(セイ・ティエン・ホン仏像店)」

「速さと完璧さ、そして変化を追い求めるこの時代にあって、人の手で時間をかけて作られるものには、特別な美しさが宿る。伝統とは過去のものではなく、世代と世代をつなぐ“橋”であり、それを大切にする人の手の中で息づく“生きた技術”である。」

これは、シンガポールのチャイナタウンにひっそりと佇む「Say Tian Hng Buddha Shop(セイ・ティエン・ホン仏像店)」が掲げる信念のひとつです。この小さな店を初めて訪れたとき、私はまるで時の流れが止まったかのような感覚に包まれました。

地域に根ざした、道教の美と祈り

「Say Tian Hng」は、1840年創業という驚くべき歴史を持つ、仏像・神像づくりの老舗。もともとは中国から渡ってきた職人一家が、シンガポールで代々その技術を受け継いできました。現在は3代目にあたる職人、黄耀華(Ng Yeow Hua)さんがこの伝統を守っています。

道教に登場する多彩な神々が、木彫りの像となって静かに並んでいる店内。これらは”Kim Sin(金身)”と呼ばれる木製の神像で、ひとつひとつが手彫り・手描きで仕上げられ、地元の廟(びょう/道教寺院)や家庭の祭壇に祀られています。

私たちが普段なかなか目にすることのないこれらの像には、道教・儒教・仏教が折り重なる複雑な神々のヒエラルキーが反映されているとか。天界を治める玉皇大帝を筆頭に、自然や祖先、そして人々の暮らしのさまざまな側面を司る神々が存在し、それぞれの像には祈りと信仰の歴史が刻まれています。

手から手へと受け継がれる、木彫りと彩色の技

「Say Tian Hng」で制作される像は、現代の量産品とはまったく異なります。彫刻刀や木槌、竹の棒、そして筆などの伝統的な道具を使い、ひとつの像を仕上げるのに何日も、何週間もかかることもあるのだそう。その作業はまるで修行僧のように静かで、丁寧で、そして愛に満ちています。

この店を支えるもう一人のキーパーソンが、黄さんの母、タン・チュー・リアン(Tan Chwee Lian)さん。なんと御年94歳の今も現役で、筆を握り続けているそう。彼女の描く線には、長い年月をかけて培われた確かな技術と、神々への深い敬意が感じられます。

そのような”手仕事に宿る神々”に魅せられて、今回、私は黄さんとその母を描いた絵を制作しました。絵の中で、ただの職人ではない、神々の”守り人”としての彼らの姿を描きたかったのです。

伝統は”過去”ではなく、”今をつなぐもの”

「Say Tian Hng」は、今も地元の人々に静かに支持されている一方で、観光ガイドにもほとんど載らない、まさに知る人ぞ知る存在です。ですが、その店の奥には、時代の波に流されることのない“文化の核心”が息づいています。

大量生産が当たり前の時代に、手作業でしか生まれないもの、そしてそれを何世代にもわたって守り続ける姿勢は、私たち現代人にとって大切なヒントを与えるのではないでしょうか。それは”スロー”であることの価値、”不完全さ”の中にある美しさでもあります。

もしシンガポールを訪れる機会があれば、観光名所とはひと味違う、こうした“文化の静かな継承地”にも、足を運んでみてはいかがでしょうか。

「Say Tian Hng Buddha Shop」の歴史について、詳しくはこちら
https://www.saytianhng.com/family

🌕お知らせ

こちらの連載は、”毎月の満月の日”に更新されます。
次回の連載は、2025年8月9日(土)を予定しています。お楽しみに。

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幼い頃から絵画と書道に親しみ、 10代で女優を経験。
多摩美術大学を卒業後、イタリア留学やアナウンサー業などを経て、12年前にシンガポールへ。

72ヶ国を旅してきた人生は、無限に広がる物語。
まだまだ面白いことが待っている気がして止まない。

国際結婚10年目、地球にやさしい生活を心がけながら、シンガポールを拠点に、その土地の風景や人々、旅の途中で出会った一瞬の美しさや感動を描くことで、世界に小さな魔法を散りばめていけるようなアーティスト活動を継続中。

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