【Story of Art .4】火龍をつくる ― 現代に生きる龍:ドラゴン

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書と絵画に親しんだ幼少期、女優としてスクリーンに立ち、アナウンサーとして言葉を届けた日々——
Tsuyumi Miwa(三輪つゆ美)さんの人生には、つねに芸術が寄り添ってきました。

日本、イタリア、オーストラリア、そして現在、拠点とするシンガポール。多様な文化に触れてきた彼女が今、アーティストとして再び絵筆をとり、色彩と光の対話を通して描くのは、個人の記憶と”シンガポール”という多文化・他民族が共生する土地の記憶が交差する情景。

「Voyage」での本連載「Story of Art」では、まず、三輪つゆ美さんが近年発表した「Singapore Cultural Series」において、シンガポールの多文化社会を支える無数の”日常のヒーロー”たちにフォーカス! 

彼女が歩んできた芸術の軌跡と、作品に込められた想いを、ひとつずつ紐解いていきましょう。

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【Story of Art .4】火龍をつくる ― 現代に生きる龍:ドラゴン

TSUYUMI MIWA ART
シンガポールのカントン寺院「文山福徳祠」で巨大な”火龍(ファイヤードラゴン)”をつくり続ける Yan Meng Chye(ヤン・メン・チャイ)さん

龍はただの神話上の存在ではありません。炎と躍動、そして人々の祈りが宿る、手仕事によって命を吹き込まれた存在です。

シンガポールのカントン寺院「文山福徳祠」で巨大な”火龍(ファイヤードラゴン)”をつくり続ける Yan Meng Chye(ヤン・メン・チャイ)さんは、その担い手です。

火龍舞(かりゅうまい、広東語では「火龍舞」フォーロンモイ)とは、中国広東省で生まれた伝統的な祭礼の舞のこと。起源は19世紀末の香港・大坑(タイハン)地区と言われ、村に疫病が広まったとき、村人たちが龍を藁(わら)で編み、体じゅうに線香を差して火を灯し、夜の街を練り歩いて邪気を祓ったのが始まりだと伝えられています。線香の煙と火花が夜空に立ちのぼり、龍がまるで炎をまとって舞うように見えるため「火龍舞」と呼ばれるようになりました。

香港の大坑火龍舞は現在、中国国家級無形文化遺産に登録されており、中秋節の行事として毎年行われています。またシンガポールやマレーシアの広東系コミュニティでも、この儀式は受け継がれています。

火龍は全長60メートルを超え、重さは65キロ以上にもなります。藁を束ね、籐の骨組みに巻き付けて形づくられる工程は、仕立てに似た精緻さを求められるもの。期間は頭部だけで二か月、全体で半年近くを要する大仕事。藁は中国・厦門から取り寄せられ、一筋ずつ丁寧に結わえられていきます。

完成した龍は、祝福の儀式と書家による朱点を受けて目を開き、雲のように立ち上る線香の煙に包まれ、80人以上の舞手によって空を舞います。そして智慧の珠を追い、炎を吐き、最後には火に包まれて天へと昇ります。その劇的な舞は、ただの祭礼を超えた”生と滅”の物語と言えるでしょう。

この儀式はシンガポールでは三年に一度、旧暦二月二日の土地神の誕辰を祝う日にのみ行われます。次の舞のときには、再び龍を招くための儀礼が必要。火龍が招かれ、舞い、消え、そしてまた呼び戻されるのです。

龍は中国文化において権威や繁栄の象徴であり、日本でも「登竜門」の故事や寺社の彫刻に、その姿を見ることができます。炎をまとって実際に空を舞う火龍は、まるで”現代に蘇ったドラゴン”といった迫力があります。

伝統を絶やさぬ人々の手によって生まれ変わり、街の空を舞う龍の姿には、神話と現実の境界を超える生々しさが宿っているのです。

次回もまた、時代を超えて紡がれるアートの物語をお届けします。

🌕お知らせ

こちらの連載は、”毎月の満月の日”に更新されます。
次回の連載は、2025年10月7日(火)を予定しています。お楽しみに。

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幼い頃から絵画と書道に親しみ、 10代で女優を経験。
多摩美術大学を卒業後、イタリア留学やアナウンサー業などを経て、12年前にシンガポールへ。

72ヶ国を旅してきた人生は、無限に広がる物語。
まだまだ面白いことが待っている気がして止まない。

国際結婚10年目、地球にやさしい生活を心がけながら、シンガポールを拠点に、その土地の風景や人々、旅の途中で出会った一瞬の美しさや感動を描くことで、世界に小さな魔法を散りばめていけるようなアーティスト活動を継続中。

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