書と絵画に親しんだ幼少期、女優としてスクリーンに立ち、アナウンサーとして言葉を届けた日々——
Tsuyumi Miwa(三輪つゆ美)さんの人生には、つねに芸術が寄り添ってきました。
日本、イタリア、オーストラリア、そして現在、拠点とするシンガポール。多様な文化に触れてきた彼女が今、アーティストとして再び絵筆をとり、色彩と光の対話を通して描くのは、個人の記憶と”シンガポール”という多文化・他民族が共生する土地の記憶が交差する情景。
「Voyage」での本連載「Story of Art」では、まず、三輪つゆ美さんが近年発表した「Singapore Cultural Series」において、シンガポールの多文化社会を支える無数の”日常のヒーロー”たちにフォーカス!
彼女が歩んできた芸術の軌跡と、作品に込められた想いを、ひとつずつ紐解いていきましょう。
【Story of Art.10】受け継がれる声と舞台――シンガポールに息づく福建オペラ一座「新燕玲」

“Opera is more than performance—it is the voice of a people, the rhythm of their history, and the heartbeat of tradition passed down through generations.”
オペラは単なる上演ではありません。それは人々の声であり、彼らの歴史のリズムであり、
世代から世代へと受け継がれてきた伝統の鼓動なのです。
シンガポールで今も大切に守られている「福建オペラ」。その舞台に立つ一座「新燕玲 (Sin Yen Lin)を通して、伝統が生き続ける意味を見つめます。
「福建オペラ」とは何か
福建オペラは、中国福建省を起源とする伝統的な歌劇です。中国語では「歌仔戯(げざいぎ)」とも呼ばれます。
19世紀、福建から移り住んだ人々がシンガポールへさまざまな歌劇の形式を伝えました。閩劇、梨園劇、高甲劇、そして歌仔戯などがその代表です。これらは時代とともに土地に根づき、やがて「福建オペラ」と呼ばれるようになりました。これは単なる名称の変化ではなく、シンガポールに暮らす福建語話者の文化的なよりどころとして発展した“証”でもあります。
舞台では、感情豊かな歌声、細やかな身ぶり、華やかな衣装、そして伝統的な音楽が一体となります。物語は歴史上の人物の話や民話、道徳を伝える内容が多く、役者は型のある動きと力強い声で人物像を描き出します。
伝統芸能の文化を守る、寺院の存在
この芸能を長年支えてきた場所のひとつが、シンガポールの道教寺院「韮菜芭城隍庙(Lorong Koo Chye Sheng Hong Temple Association)」です。その起源は福建省安渓から城隍の神像が迎えられたことにさかのぼり、地域の信仰とともに歩んできました。
都市再編の影響を受けて再整備が行われましたが、現在も祭礼の際には福建オペラや伝統芸能が奉納されています。場所や時代が変わっても、芸能を支え続ける役割は変わりません。寺院は信仰の場であると同時に、地域文化を守る拠点でもあるのです。
「新燕玲(Sin Yen Lin)」を率いる、80歳の看板役者
「新燕玲」の中心に立つのは、80歳のベテラン役者。舞台に立つ姿は堂々としており、その一挙一動に観客の視線が集まります。
年齢を感じさせない力強さと気品、そして舞台を包み込む存在感。彼女の情熱は一座全体に広がり、舞台裏まで活気に満ちています。伝統は、形だけでは残りません。そこに立つ人の覚悟と熱意があってこそ、生きた文化として続いていきます。
舞台は生きた遺産
現代社会では、伝統芸能を続けることは簡単ではありません。娯楽の選択肢が増え、若い世代との接点も課題となっています。
それでも「新燕玲」のような一座は、舞台を重ね続けています。それは、一回一回の公演が催しというだけではなく、何世紀にもわたる文化の積み重ねを未来へ渡す行為であるから。「福建オペラ」は、過去の遺産ではありません。今この瞬間も、歌い、語り、響いています。舞台に立つ人と、それを見つめる人がいる限り、この鼓動は止まりません。
次回は、また別の”日常のヒーロー”が登場!
その一筆一筆の向こうに広がるシンガポールの多様な文化の物語を、どうぞお楽しみに。
🌕お知らせ
こちらの連載は、”毎月の満月の日”に更新されます。
次回の連載は、2026年4月2日(木)を予定しています。

