【Story of Art.8】名もなき香りを描く、100年続く南洋茶舗「Pek Sin Choon」の静かな時間

書と絵画に親しんだ幼少期、女優としてスクリーンに立ち、アナウンサーとして言葉を届けた日々——
Tsuyumi Miwa(三輪つゆ美)さんの人生には、つねに芸術が寄り添ってきました。

日本、イタリア、オーストラリア、そして現在、拠点とするシンガポール。多様な文化に触れてきた彼女が今、アーティストとして再び絵筆をとり、色彩と光の対話を通して描くのは、個人の記憶と”シンガポール”という多文化・他民族が共生する土地の記憶が交差する情景。

「Voyage」での本連載「Story of Art」では、まず、三輪つゆ美さんが近年発表した「Singapore Cultural Series」において、シンガポールの多文化社会を支える無数の”日常のヒーロー”たちにフォーカス! 

彼女が歩んできた芸術の軌跡と、作品に込められた想いを、ひとつずつ紐解いていきましょう。

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【Story of Art.8】名もなき香りを描く、100年続く南洋茶舗「Pek Sin Choon」の静かな時間

中国茶舗「Pek Sin Choon」の店内

”Tea is more than a drink; it is a story, a tradition, a bridge between generations, and a quiet moment of reflection in a fast-moving world.”
ーーお茶は、ただの飲み物ではありません。
そこには物語があり、受け継がれてきた習わしがあり、世代と世代をつなぐ役割があります。
そして、せわしない世界のなかで、静かに自分と向き合うためのひとときでもあるのです。

シンガポールの街に、100年以上続く小さな中国茶舗があります。店の名は「Pek Sin Choon」。ここでは「南洋茶」と呼ばれる独自のブレンド茶が、今も変わらぬ方法で作られています。

南洋茶とは、中国福建省の北部と南部で育ったウーロン茶を混ぜたもの。ただ混ぜるのではありません。新しい茶葉と、何年も寝かせた古い茶葉を合わせ、香りと深みの両方が出るように調整します。この手法を確立したのが、創業者のPek Kim Awさん。天候や収穫の違いがあっても、味が毎回ぶれないようにするための工夫でした。

この店で最も有名なお茶の一つが「不知香」です。直訳すると”名前のつけられない香り”という意味。

飲んだ瞬間にどんな香りか言葉にすることは難しいですが、なぜか忘れられない味わいです。このお茶は、胡椒がきいた肉骨茶と一緒に飲まれることが多く、脂のあるスープを深い苦みと香りで切り替えてくれる存在。

店の奥で、私は一人の女性の手元に目を奪われました。今も現役で働く90歳のBoh Tunさんです。何十年も同じ場所に立ち、黙々と茶葉の袋を折り続けてきました。その無駄のない動きには、説明のいらない説得力があります。

今回の作品で私が描いたのは、この店で働く二人の女性。彼女たちは一日に何千もの茶袋を手で包みます。紙を折り、茶を入れ、紐で留める — その一つ一つが、100年前とほぼ同じ方法で行われています。

絵を描いている間、店内には不知香の香りがずっと漂っていました。言葉にしづらいその匂いは、この店の歴史そのもののように感じられました。目立たないけれど確かに存在し、長い時間をかけて積み重なってきたものです。

「Pek Sin Choon」は、単なる”老舗”という言葉では表現できません。世代を超えて続く仕事の形を、今も日常として守っている場所。こうした職人の技と尽きることのない思いは、一つの茶袋、一杯のお茶、そして一筆ごとに、今も受け継がれています。

次回は、また別の”日常のヒーロー”が登場!
その一筆一筆の向こうに広がるシンガポールの多様な文化の物語を、どうぞお楽しみに。

🌕お知らせ
こちらの連載は、”毎月の満月の日”に更新されます。
次回の連載は、2026年2月2日(月)を予定しています。

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Written By

幼い頃から絵画と書道に親しみ、 10代で女優を経験。
多摩美術大学を卒業後、イタリア留学やアナウンサー業などを経て、12年前にシンガポールへ。

72ヶ国を旅してきた人生は、無限に広がる物語。
まだまだ面白いことが待っている気がして止まない。

国際結婚10年目、地球にやさしい生活を心がけながら、シンガポールを拠点に、その土地の風景や人々、旅の途中で出会った一瞬の美しさや感動を描くことで、世界に小さな魔法を散りばめていけるようなアーティスト活動を継続中。

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