書と絵画に親しんだ幼少期、女優としてスクリーンに立ち、アナウンサーとして言葉を届けた日々——
Tsuyumi Miwa(三輪つゆ美)さんの人生には、つねに芸術が寄り添ってきました。
日本、イタリア、オーストラリア、そして現在、拠点とするシンガポール。多様な文化に触れてきた彼女が今、アーティストとして再び絵筆をとり、色彩と光の対話を通して描くのは、個人の記憶と”シンガポール”という多文化・他民族が共生する土地の記憶が交差する情景。
「Voyage」での本連載「Story of Art」では、まず、三輪つゆ美さんが近年発表した「Singapore Cultural Series」において、シンガポールの多文化社会を支える無数の”日常のヒーロー”たちにフォーカス!
彼女が歩んできた芸術の軌跡と、作品に込められた想いを、ひとつずつ紐解いていきましょう。
【Story of Art.14】ラッフルズホテルのドアマンが受け継ぐもの──伝統と希望をつなぐシンガポールの象徴

@ Raffles Hotel Singapore
“A doorman is more than just a uniformed figure at the entrance—
he is a quiet constant, standing with grace where stories arrive and depart. ”
ドアマンは、ただ制服を着て入口に立つ存在ではありません。
そこは人々の物語が訪れ、また旅立っていく場所。
その場所で、静かに、そして品格をもって立ち続ける存在なのです。
シンガポールを代表する名門ホテル「ラッフルズホテル」。
その正面玄関に立つドアマンは、長年にわたりこの国の象徴のひとつとして親しまれてきました。
白やクリーム色を基調とした制服にターバンをまとい、凛とした姿でゲストを迎えるシーク教徒のドアマンたち。
その姿は単なるホテルスタッフを超え、ラッフルズホテルの伝統や品格、
そしてシンガポールのホスピタリティ精神そのものを体現しています。
今回描かれた作品のモデルは、インド出身のヴィクラム氏。
ラッフルズホテルのドアマンとして歩み始め、まだ2年ほどですが、
その穏やかな笑顔と前向きな姿勢は、新たな世代を象徴する存在でもあります。
しかし、この作品が描いているのは一人の人物だけではありません。
ヴィクラム氏の背後には、長い歴史のなかで同じ場所に立ち続けてきた、数多くのドアマンたちの存在があります。
彼らが守り続けてきた誇りや責任、そして静かな品格。
その積み重ねが、今日のラッフルズホテルの姿を形づくっているのです。
作品の舞台となるのは、雨が上がった直後のひととき。
雲の切れ間から差し込む光が濡れたタイルに反射し、穏やかな輝きを生み出しています。
そして、それは成長や再生の象徴でもあります。
人生のなかで私たちは時に、新たな役割や責任を受け継ぎ、自分自身よりも大きな何かの一部となる瞬間を迎えます。
ヴィクラム氏が伝統の入り口に立つ姿は、まさにそのような希望に満ちた瞬間を映し出しています。
2025年、シンガポールは建国60周年という節目を迎えました。
作品には国花である「パピリオナンテ・ミス・ジョアキム」が描かれ、ラッフルズホテルの屋上には国旗が静かにはためく姿が。
それらは、この国が歩んできた歴史への敬意であり、未来への希望を表現するささやかなオマージュでもあります。
急速な発展を遂げたシンガポールですが、その土台を支えているのは、人から人へと受け継がれてきた文化や価値観です。
ラッフルズホテルのドアマンは、そのことを静かに教えてくれる存在なのかもしれません。
さて、こちらの絵は、現在もラッフルズホテル内のラッフルズブティックに展示されています。もしラッフルズホテルに立ち寄られた際には、ぜひ実際にご覧くださいね!
さて、全14回にわたりお届けしてきた「Singapore Cultural Series」。
ホーカー、職人、宗教者、伝統文化の担い手たち——。
三輪さんが描いてきたのは、観光ガイドには載らないかもしれないけれど、この国の文化を静かに支える“日常のヒーロー”たちでした。
近代的な高層ビルが立ち並ぶシンガポール。その輝く都市景観の背景には、多様な民族や文化、そして人々の営みが折り重なる豊かな物語があります。このシリーズは、その物語に耳を澄ませる旅でもありました。
一人ひとりの手仕事や祈り、暮らしのなかに宿る文化の記憶。それらは決して過去のものではなく、今を生きる人々によって受け継がれ、未来へと紡がれていきます。
次回からの「Story of Art」では、また異なる視点から描かれる作品とともに、新たな文化と人々の物語をご紹介していきます。
どうぞ、引き続きお楽しみに。

