【画家とめぐる日本】第1回|京都・西陣織「りんどう屋」六代目職人・佐々木英人さん

日本には、まだ多くの人に知られていない、美しい手仕事があります。

土地の記憶とともに受け継がれ、職人たちの手によって、今も静かに息づいているもの。そんな日本の手仕事を訪ねる、新しい連載が始まります。

旅をするのは、これまで「Voyage」で「Story of Art」と題し、シンガポールの文化を支える人々や、受け継がれてきた手仕事を作品とともに紹介してくださった、アーティストの三輪つゆ美さん。

新章のタイトルは、「An Artist’s Journey Through Japan――画家とめぐる日本」。

三輪さんが日本各地を訪ね、今を生きる職人たちと出会い、その手から生まれるもの、土地に息づく記憶、そして受け継がれてきた文化を、画家ならではのまなざしで描き出します。

完成した作品の公開に先駆け、この連載では、作品が完成するまでの様子をはじめ、職人のもとを訪ねた日のこと、現地で心に残った光景、そしてその土地で出会った物語を、少しずつお届けしていきます。

Contents

第1回 京都・西陣織:機(はた)の声を聴く――りんどう屋・六代目職人、佐々木秀人さん

最初の旅先は、京都・西陣。京都の歴史ある西陣の町では、細い路地の奥から機を織る音が聞こえてきます。

西陣織発祥の地として知られるこの町は、長い年月を経た今も、日本を代表する絹織物の産地。町を歩くと、華やかに完成した織物だけではなく、その一枚を生み出すまでに積み重ねられてきた時間や、人の手の気配を感じます。

今回訪ねたのは、西陣織の工房「りんどう屋」。迎えてくださったのは、西陣に生まれ育った六代目の職人、佐々木秀人さんです。

幼い頃から織機に囲まれ、その音とともに暮らしてきた佐々木さん。工房には五台の大きな織機が並び、朝から夕方まで、それぞれが正確に動き続けています。

カシャン、カシャンと空間を満たす規則正しい機音。それは佐々木さんにとって、仕事の音であると同時に、幼い頃から変わることのない日常の音でもあります。

京都・西陣に響く機音「機の声を聴く」

西陣織の制作には、驚くほど繊細な注意が求められます。

何千もの動きが重なり、複雑な模様が少しずつ姿を現していくなかで、一本一本の糸は常に適切な張りを保たなければなりません。機械の力を借りて織り進める工程であっても、織物の出来を最後に左右するのは、職人の判断と経験、そして絶え間なく注がれる細やかな心です。

特に印象に残ったのは、佐々木さんが「音を聴いている」ということでした。織機が立てる音のほんのわずかな違いから、糸の張りの変化や、調整を必要としている箇所に気づくのだそうです。長年の経験を重ねるなかで、機が発する小さな合図を、身体で感じ取れるようになったのでしょう。

私には同じリズムの繰り返しに聞こえる音も、佐々木さんにとっては、一台一台の状態を伝える「機の声」。その姿を見ていると、職人の技とは、手を動かす技術だけではないのだと気づかされます。

目で糸の流れを追い、指先でわずかな変化を感じ、耳で機の声を聴く。長い年月をかけて研ぎ澄まされたすべての感覚が、一枚の織物のなかに静かに織り込まれていきます。

日々の営みのなかに生きる伝統

現在、伝統的な着物づくりは、担い手の減少や生活様式の変化など、多くの課題に直面しています。それでも、りんどう屋のような工房では、今日も変わらず機が動き、職人の手によって西陣織の技と心が次の時代へとつながれています。

工房で佐々木さんと織機を見つめながら、伝統とは、完成した美しい品のなかだけに残るものではないのだと思いました。

毎朝、機に向かうこと。
糸の状態を確かめること。
いつもとは異なる小さな音を聞き逃さないこと。

そうした静かな日々の積み重ねのなかにこそ、伝統は息づいているのではないでしょうか。

今回の出会いから、私はどのような一枚を描くのか。制作の過程も、これから少しずつご紹介していきたいと思います。

日本・シンガポール外交関係樹立60周年記念展へ

最後に、嬉しいお知らせがあります。

日本とシンガポールの外交関係樹立60周年を記念するイベントの一環として、在シンガポール日本国大使館よりお声がけをいただき、2026年9月29日から10月10日まで、シンガポール・オーチャードにあるジャパン・クリエイティブ・センターにて、展覧会を開催することになりました。

そして今回、この「Voyage」が展覧会についての最初の公式発表となります。

展覧会では、これまで「Voyage」でご紹介してきた「シンガポール文化シリーズ」と、今回から連載が始まる「日本文化シリーズ」の作品を、初めて一つの会場でご覧いただきます。

9月29日にはオープニングレセプション、10月3日にはアーティストトークを予定。会期中には、作品を鑑賞するだけでなく、その背景にある文化や、受け継がれてきた手仕事に触れていただける催しも企画しています。

どのような職人たちが参加するのか、どのような作品や物語が会場に並ぶのか――。展覧会の詳しい内容や見どころについては、この連載を通して、これから少しずつみなさまとシェアできたらと思っています。

次の満月の日には、また新しい日本の物語をお届けします。どうぞ、お楽しみに。

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Written By

幼い頃から絵画と書道に親しみ、 10代で女優を経験。
多摩美術大学を卒業後、イタリア留学やアナウンサー業などを経て、12年前にシンガポールへ。

72ヶ国を旅してきた人生は、無限に広がる物語。
まだまだ面白いことが待っている気がして止まない。

国際結婚10年目、地球にやさしい生活を心がけながら、シンガポールを拠点に、その土地の風景や人々、旅の途中で出会った一瞬の美しさや感動を描くことで、世界に小さな魔法を散りばめていけるようなアーティスト活動を継続中。

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