日本各地に受け継がれてきた、美しい手仕事を訪ねる「An Artist’s Journey Through Japan――画家とめぐる日本」。
第2回の長野・木曽漆器に続き、アーティスト・三輪つゆ美さんが今回訪ねたのは、岐阜県美濃市。清らかな水に恵まれたこの地では、1,300年以上にわたり、和紙づくりの技が受け継がれてきました。
今回訪れたのは、本美濃紙保存会の会員である鈴木竹久さん・豊美さん夫妻の「美濃竹紙工房」。水に漂う繊維をすくい、幾度も簀桁(すけた)を動かしながら、一枚の紙へと仕上げていく場所です。
水、光、植物の繊維、そして人の手。静かな工房で三輪さんが見つめた、美濃和紙の美しさとは――。
第3回 岐阜・美濃和紙:水と光、人の手が生む一枚――美濃竹紙工房
今回の旅で訪れたのは、岐阜県美濃市。
美濃では、1,300年以上前から紙が漉かれてきました。正倉院には、大宝2年(702年)に美濃国でつくられた戸籍用紙が残されているといいます。長い時を経た今も、その土地には水の流れる音があり、紙づくりの営みが息づいています。
迎えてくださったのは、「美濃竹紙工房」の鈴木竹久さんと豊美さんご夫妻。一度は家業を離れた竹久さんも、やがて工房へ戻り、現在は豊美さんとともに受け継いだ技を守っています。
工房の中に流れていたのは、急ぐことのない穏やかな時間。水の上を漂う繊維。紙料の中を静かに動く木の枠。干された紙を透かすやわらかな光。どの光景にも、長い年月をかけて磨かれてきた手仕事の静けさがありました。

水に漂う繊維を、一枚の紙へ
和紙は、楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などの植物の繊維からつくられます。なかでも、厳しい要件を満たした本美濃紙に使われる原料は楮のみ。白皮を水にさらし、煮て、塵を取り除き、叩いて繊維をほぐしていきます。


そうして整えた繊維を、水と、とろろあおいの粘液とともに漉き舟へ。簀桁を縦に、さらに横にも揺らしながら、繊維をむらなく絡み合わせていきます。
一見すると、とてもシンプルな動き。けれど、枠を動かす速さや角度、繊維と水の状態によって、仕上がりは変わります。強さと、薄さ。なめらかさと、やわらかさ。そのすべてを一枚の中に宿す、繊細な手の感覚。
水が紙のかたちをつくり、人の手がその表情を整えていく時間です。


静かな動きに宿る、受け継がれた技
鈴木さんご夫妻が紙を漉く姿には、正確さとやさしさが共存していました。
簀桁を水に入れ、持ち上げ、静かに揺らす。その動きは軽やかに見えますが、一つひとつに、長い経験から生まれた判断があります。言葉を交わさずとも、工房の空気と呼吸を合わせるように進んでいく仕事。
紙を漉くことは、単に素材を薄い一枚へ変えることではありません。自然の状態を受け取り、その日の水や繊維と向き合いながら、手の動きを重ねていくこと。
鈴木さんご夫妻の姿から伝わってきたのは、何世代にもわたって手から手へと受け継がれてきた知恵。そして、今を生きる二人が今日もその技を続けているという、静かな力でした。
清らかな水が育んだ、美濃和紙の強さと美しさ
美濃和紙のものづくりの中心にあるもの。それは、水です。
長良川の支流・板取川の豊かな水は、原料をさらし、洗い、繊維を紙へと整える工程を支えてきました。澄んだ水の中で不純物を丁寧に取り除き、漉き上げた紙を乾かす。自然と人の仕事が途切れることなくつながる、美濃の紙づくり。
本美濃紙は、陽に透かすと、繊維が縦横に美しく絡み合う様子が見えてきます。薄く、やわらかでありながら、丈夫で長く使える紙。古くから書物や障子、提灯、書、そして美術作品など、人々の暮らしと文化を支えてきた和紙です。
2014年には、本美濃紙を含む三つの手漉和紙の技術が「和紙:日本の手漉和紙技術」として、ユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に記載されました。
土地の水と植物、受け継がれてきた道具、職人の手。そのすべてが重なって生まれる、ここでしかつくれない一枚です。


「水がかたちづくる紙」を、一枚の作品に
今回の美濃での出会いから生まれたのが、「MINO WASHI – SUZUKI TAKEHISA & TOYOMI」。
水の中を漂う白い繊維。簀桁を動かす鈴木さんご夫妻の手。紙の向こうから差し込む光。そして、穏やかな表情の奥にある、技を受け継ぐ人の覚悟。工房で見た一つひとつの光景を、作品の中に残したいと思いました。


美濃和紙は、自然の素材を人の力だけで形づくるものではありません。水の流れを受け入れ、繊維の状態を見極めながら、その日の素材に手を添えるようにつくられていくものです。
一枚の和紙の中に息づく、水の記憶。積み重ねられた時間。そして、人の手が重ねてきた静かな営み。
鈴木さんご夫妻の仕事を見つめながら、伝統とは、変わらない形を残すことだけではなく、自然と向き合う姿勢や、ものを丁寧につくる心まで次の世代へ渡していくことなのだと感じました。


日本とシンガポール、12の文化の記憶をつなぐ展覧会へ
今回の美濃和紙をテーマにした作品も、2026年9月29日から10月10日まで、シンガポールのジャパン・クリエイティブ・センターで開催される展覧会「Woven Memory of Culture――紡がれる文化の記憶」でご紹介します。日本とシンガポールの外交関係樹立60周年を記念した展覧会です。
会場に並ぶのは、日本とシンガポールで出会った職人や文化の担い手を描いた12点の肖像画。日本での旅から生まれた6作品と、シンガポールでの出会いを描いた6作品で構成されます。絵画とともに展示されるのは、受け継がれてきた工芸品、職人たちの声、制作の背景を伝える記録映像、QRコードから読み取るそれぞれの物語。二つの国の文化が、作品を通して静かに向き合います。

文化を見つめることから始まった旅は、やがて、その文化を支える人を見つめる旅へ。手の動きやふとした表情、工房に差し込む光を描きながら、一人の人生に重ねられた時間や記憶、知恵を残したいと思うようになりました。
10月3日には、日本とシンガポールの職人が集う特別企画も開催されます。Tsuyoshi Isogaiさんによるべっ甲細工のトーク、Kengo Maedaさんによる和傘の骨組み制作の実演、シンガポールのKenry Pehさんを交えた職人たちの対話。進行を務めるのは、大正大学のKaori Fushiki教授です。当日は、Pek Sin Choonによる南洋茶も振る舞われます。
初日の9月29日午後6時からは、招待制のオープニングレセプションを開催。展覧会の入場は無料で、開館時間は午前10時から午後6時まで。日曜日と月曜日は休館です。会場は、シンガポールのジャパン・クリエイティブ・センター(4 Nassim Road)。
これまで「Voyage」を通して訪ねてきたシンガポールの文化と、「画家とめぐる日本」で出会った日本の文化。異なる土地で出会った人々と手仕事、その記憶から生まれた作品が、一つの場所でつながります。
次の満月の日には、また新しい日本の物語をお届けします。どうぞ、お楽しみに。


