日本各地に受け継がれてきた、美しい手仕事を訪ねる「An Artist’s Journey Through Japan――画家とめぐる日本」。
今回、アーティストの三輪つゆ美さんが訪ねたのは、岡山県備前市の伊部(いんべ)。日本六古窯の一つに数えられる備前焼が、長い年月をかけて育まれてきた町です。
釉薬を使わず、土と炎の力によって生まれる備前焼。その表情は、窯の中で起きる自然の変化によって一つひとつ異なります。木村桃々斎さんと息子さんが向き合う仕事を通して、三輪さんが見つめた備前焼の魅力をお届けします。
第4回 岡山・備前焼:土と炎が描く、唯一の表情
岡山県備前市の伊部は、備前焼の里として知られています。
この地では、土と火が人々の暮らしに寄り添い、備前焼の伝統が受け継がれてきました。今回訪ねたのは、木村家が代々営む窯元。木村家は現在、26代にわたって備前焼づくりを続けています。江戸時代には備前藩に仕え、その後、皇室御用達となった歴史もあるそうです。
工房に足を踏み入れると、土と薪の煙の匂いが漂っていました。棚には、窯焚きを待つ器が並びます。道具や作品が置かれた空間の隅々から、世代を超えて積み重ねられてきた時間が伝わってくるようでした。

釉薬を使わず、土と炎が生み出す景色
備前焼の大きな特徴は、釉薬(ゆうやく・うわぐすり ※)をかけず、絵付けも施さないこと。土そのものの質感を生かし、焼成の過程で生まれる色や模様を表情として受け止めます。
窯の中では、炎が思いがけない動きを見せ、灰が器の表面に降り積もります。土、灰、炎が出会うことで生まれる景色は、窯を開けるまでわかりません。同じ形につくられた器でも、焼き上がった姿は一つとして同じではないのです。
備前焼の窯焚きは、何日も続くことがあります。炎の動きも、灰のかかり方も、すべてを思いどおりにすることはできません。窯を開けるその時まで、仕上がりはわからない。木村家の人々は、その不確かさを受け入れながら、土と火とともに作品をつくり上げていきます。
※ 陶磁器や琺瑯(ほうろう)の表面を覆うガラス質のコーティング材

手の記憶が、器のかたちになる
工房では、木村桃々斎(きむら・とうとうさい)さんと息子の木村桃山(きむら・とうざん)さんが、並んで土と向き合っていました。
二人の手によって、土のかたちが少しずつ変わっていく。長年の経験から、素材の状態を自然に感じ取り、器の姿を導いていく様子には、親子のあいだに培われた信頼と、受け継がれてきた技が感じられました。
備前焼の魅力は、飾り立てることではなく、土がもつ表情を生かすことにあります。色や手触り、表面に現れる模様は、焼成のたびに変わります。素朴でありながら、眺めるほどに異なる表情を見せる。その静かな美しさが、茶人や収集家、陶磁器を愛する人々を惹きつけてきました。
器の一つひとつには、土と炎、時間、そしてそれを導く人の手の記憶が重なっています。


工房で出会った風景を、一枚の作品に
今回の訪問から生まれた作品が、「Bizen Pottery “Wood-Firing Ceramics”」です。
工房の窓辺に差し込む光、道具に囲まれて制作に向き合う木村桃々斎さん。器をつくる手元だけでなく、長い時間をかけて受け継がれてきた仕事の空気も、作品の中に描き留めたいと思いました。

備前焼の器が、土と炎の偶然を受け入れながら生まれるように、工房にもまた、長い時間の中で育まれてきた人と土地の物語があります。職人の姿を見つめることで、完成した器の奥にある日々の営みや、技をつないできた人々の思いに触れることができました。


シンガポールで開かれた展覧会を終えて
この作品も、日本とシンガポールの外交関係樹立60周年を記念し、2026年9月29日から10月10日まで、シンガポールのジャパン・クリエイティブ・センターで開催された展覧会「Woven Memory of Culture――紡がれる文化の記憶」で紹介されました。

日本各地の職人や文化の担い手を描いた作品を通して、土地に根づく手仕事や、それを受け継ぐ人々の姿を届けた本展は、盛況のうちに幕を閉じました。

シンガポールの皆さまから温かな反響をいただき、作品を通して日本の文化や職人の仕事に関心を寄せていただけたことを、うれしく思います。


備前焼の一つの器に宿る、土と炎、そして人の手の記憶。これからも日本各地を訪ねながら、その土地で受け継がれてきた手仕事と、今を生きる人々の物語を描いていきます。
次の満月の日には、また新しい日本の物語をお届けします。どうぞ、お楽しみに。

